【ワークショップ:海底ケーブルの科学利用と関連技術に関する将来展望 -第2回-】

 通信用海底ケーブルの基礎技術を活用した観測システムは、海中海底における有効な観測手段として、その開発と多様な利活用が行われるようになった。日本国内では海域の地震・津波観測システムとしての有用性が確認されているところであり、科学的、社会的ニーズに後押しされた観測システムの新規展開や拡張計画は引き続き検討が進んでいる。他方、商用ベースのシステム展開についても海洋エネルギー産業分野を中心に検討や議論がなされている。第2回となる本ワークショップにおいては、現在検討されている観測システム構想、新しい海底観測手法、データ利活用、商用システムの動向、将来構想などに視点を当て、開発・研究・製造・構築などに携わるステイクホルダーや新たな利活用を模索するポテンシャルユーザーが会し、海底ケーブル技術を用いた観測システムに関する動向の共有を図ることを目的とする。


日 時:2019年11月22日


場 所:東京大学生産技術研究所 An棟 2Fコンベンションホール「ハリコット」
主 催:東京大学生産技術研究所 海中観測実装工学研究センター
協 賛:東京大学地震研究所、国立研究開発法人海洋研究開発機構、国立研究開発法人防災科学技術研究所、IEEE/OES Japan Chapter、
    日本船舶海洋工学会、海洋調査技術学会、海洋音響学会、海洋理工学会、東京大学海洋アライアンス、海中海底工学フォーラム


プログラム:Program_WS20191122.pdf




プログラム

0) Opening Address:実行委員長、川口勝義


Keynote

1)南海トラフ海底地震津波観測網(N-net)の構築について
     文部科学省開発局地震・防災研究課:中出雅大

要旨:南海トラフ周辺の海域では、今後30年以内にM8~9クラスの地震が70%~80%の確率で発生すると想定されており、地震が発生すれば、208兆円の経済的被害、死者・行方不明者23万人と想定されている。(※地震発生域、季節、時間についてそれぞれ被害が最大になると仮定した場合【「南海トラフ地震防災対策推進基本計画フォローアップ結果」(内閣府)より引用)】)国土強靱化のため、南海トラフ地震の想定震源域のうち、まだ観測網を設置していない海域(高知県沖~日向灘)に、ケーブル式海底地震・津波観測システムを構築することが重要であり、文部科学省では平成31年度予算及び平成30年度二次補正予算において南海トラフ海底地震津波観測網(N-net)構築のための経費を計上した。N-netでは、地震計、水圧計等を組み込んだマルチセンサーを備えたリアルタイム観測可能な高密度海域ネットワークシステムを整備する予定であり、リアルタイム観測により、防災面のみならず、海域を震源とする地震現象などの研究を推進する。資料1

講演

2) 駿河湾ケーブル観測構想
     東海大学海洋学部海洋地球科学科:坂本泉

要旨:駿河湾は最深部水深約2500mに達する日本で最も深い湾である。湾中央部に存在する駿河トラフを境に、異なったプレート同士が衝突する場として、東海地震などの発生が想定されている。また、駿河湾には湾口より黒潮の一部が、陸上から富士川等の4つの一級河川が流入し、鉛直方向にいくつか起源の異なる水塊構造を発達させる。このため、海洋環境的にも生物環境的にも恵まれた海域となっている。駿河湾は豊かな自然が広がる反面、自然災害発生可能性の高さが以前より指摘され、自然科学的にも防災学的にも注目されている。駿河湾は海岸からわずか数km沖に深海の世界が広がる珍しい湾であり、水産業をはじめとする海洋産業が盛んである。今後、駿河湾の諸環境を基に人類・社会が共に発展するためには、駿河湾の自然環境の総合理解が必要である。その礎として、湾内全域の地震動・海洋環境情報をリアルタイムに捉える複合型海底観測ケーブルネットワークシステムを構築し、総合深海フィールド研究拠点の形成が必要不可欠である。資料2

3) 浜岡原子力発電所における津波早期検知・予測についての取り組み
     中部電力(株)技術開発本部原子力安全技術研究所:横洲弘武

要旨:浜岡原子力発電所は南海トラフ近傍に位置しており、巨大地震により発生する津波をいち早く予測することが防災上重要である。現状、津波の発生が予想されると、気象庁から津波警報・注意報が発表されるが、静岡県は単一予報区であるため、浜岡原子力発電所地点の津波情報ではなく、県全体で一つの保守的な値しか得られない。そこで、当研究所では浜岡原子力発電所に襲来する津波に対し、南海トラフ沿いに配置されているDONETやGPS波浪計、海洋レーダ等の海象観測技術を用いることで津波の高さ、到達時間を詳細に予測する取組を自主的に行ってきた。2016年度には、個々の観測技術による津波の予測結果を集約した予測システムである「津波監視システム」のプロトタイプを開発し、現在は試行運用中である。今年度上期に同システムの運用ルールが定まり、予測システムも高度化される見込みであるため、2019年度下期より実運用を開始する予定である。その概要について紹介する。資料3

4) 海底ケーブル敷設船「KDDIケーブルインフィニティ」の建造
     国際ケーブル・シップ株式会社:藤井幸弘

要旨:2019年に竣工した海底ケーブル敷設・修理船「KDDIケーブルインフィニティ」の仕様及び建造状況等を紹介します。これまで対応してきた通信海底ケーブル及び観測・資源探査システムケーブルに加え、再生可能エネルギーの普及促進に向けた電力及び複合ケーブルの建設工事への適用を考慮した自航式多用途ケーブル敷設船となります。また、KDDIと共同で衛星通信・移動体ネットワークやITソリューションのノウハウを駆使し、船舶における優れたIT環境を導入しています。船上設備の稼働状況やケーブル敷設状況などの多種データを、船内と陸上とでリアルタイムで共有できるなど、作業現場の効率化とインテリジェント化の実現を目指しています。陸上の大規模災害時には、船舶型基地局によりau携帯電話の疎通復旧の支援機能を搭載しています。資料4

5) 海底受振ケーブル(OBC)の開発と実海域データ取得
     株式会社OCC:喜舎場英吾、高橋浩央
     株式会社地球科学総合研究所:稲盛隆穂、寺西陽祐
     国際ケーブル・シップ株式会社:小林史英
     独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC):小林稔明、佐藤大地

要旨:海底ケーブルに多数のセンサを一連に接続したシステムは海底受振ケーブル(OBC:Ocean Bottom Cable)と呼ばれ、主に反射法地震探査手法を用いた資源探査や地下構造探査に用いられている。我々は、大陸間通信用に用いられる光海底ケーブルを用いて、海底受振ケーブルを開発した。4 成分のセンサ(加速度計3 成分、ハイドロフォン1 成分)を搭載した受振器を25m 間隔で光海底ケーブルに接続したシステムを開発し、実海域でその性能を確認した。この海底受振ケーブルシステムは、DSS(Deep-sea Seismic System)として70 台の受振器を接続し、JOGMEC が実施した海洋産出試験におけるメタンハイドレート貯留層モニタリングに使用した。本講演では、DSS の仕様、海底への敷設、データ取得について述べ、得られたデータについて紹介を行う。なお、本講演は、経済産業省の委託により実施しているメタンハイドレート研究開発事業において得られた成果に基づいている。

6) ケーブル式海底観測システム技術の社会実装に向けた、スコットランド企業との共同開発事業について
     NECネッツエスアイ株式会社:水川達也

要旨:前回参加させていただいた「ワークショップ:海底ケーブルの科学利用と関連技術に関する将来展望」にて、NECとしてこれまでに携わってきた海底観測システムのご紹介と、弊社の社会実装に向けた取り組みについて紹介させていただきました。今回は、日本財団様より2018年10月から助成頂き、3ヵ年計画で取り組んでいるスコットランド企業との共同開発事業について、この1年間の活動内容と今後の計画についてご紹介させていただきます。本事業は、これまでに弊社が培ってきた海底ケーブルを用いた海底観測システムの技術と、共同開発を行うスコットランド企業の技術を組み合わせることで、オフショアオイル&ガス市場が抱える課題に対して、新しいアプリケーションを提供することを目標としております。現在、基本仕様をスコットランドの企業と合意し、システムの評価を行うための機器を開発している段階です。また、本事業によって加速しているブラジルでの社会実装の活動について一部ご紹介させていただきます。資料6

7) 海底光ファイバーケーブルによる海底地殻変動・地震観測への展望
     海洋研究開発機構海域地震火山部門:荒木英一郎、横引貴史、木村俊則

要旨:海洋研究開発機構では、海底ケーブルを使った海底地震のリアルタイム観測技術の開発を行ってきた。2016年にかけ南海トラフに展開を行い、現在防災科研で運用されているDONETでは、商用通信ケーブル網の技術をベースにしながら、細径光ファイバーケーブルで多数の観測装置を分岐展開・接続する方式を採用することにより、観測装置を運用中に交換したり、アップグレードさせることができる。現在、機構では、新しい観測センサーをDONETに接続することで、連続的な海底地殻変動観測を実現させようとしている。その新しい観測センサーの要素として、200m程度の光ファイバーの伸縮をレーザー光干渉計によって1ナノメートル以下の高分解能で計測することによって海底面の伸縮を高精度に計測できる光ファイバー歪計を開発し、2019年6月に最初の設置を行っている。また、近年、光ファイバーを通るレーザー光のレイリー散乱光を用いて同様にレーザー光干渉計測を行うことで、光ファイバーの分布的な伸縮を動的に計測する技術が様々な分野で実用され始めている。これを、海底地震観測網に使われている光ファイバーへ様々な形で適用することによって、これまでの50点程度の観測網の観測密度を飛躍的に向上させる可能性があり、機構では、2017年に豊橋沖海底ケーブル観測システムで試験を行った他、将来の海底ケーブル観測網への適用を念頭においた取り組みを開始している。 資料7

8) 海洋底地球ニュートリノ観測器による地球深部直接測定
     東北大学ニュートリノ科学研究センター:渡辺寛子

要旨:地球内放射性物質を起源とする反ニュートリノ「地球ニュートリノ」は、地球の熱収支や熱進化の根本的な謎に関わる地球内放射性物質量を直接観測することができるユニークなツールである。地球ニュートリノ観測による地球の理解は、2005年にKamLANDによって世界初観測が成し遂げられて以降、現在でも安定的に世界最高感度で観測を続けている日本発の世界を牽引する研究分野である。これまでに地球ニュートリノフラックスの観測によって許される地球の組成モデルに制限を与えたが、大陸上での観測は約70%もの寄与が地殻由来であることに加えて地殻の予想フラックスモデルの不定性が大きいことにより、より深いマントルの情報を現存する大陸上の観測器による観測で得ることは難しい。地殻が薄くより単純な海洋での観測はマントルの地球ニュートリノの直接観測という地球深部の革新的知見を得られ、「ニュートリノ地球科学」の現代検出器の不可能を突破するブレークスルーとなる。海洋底検出器の実現には海洋での安定した電源確保やデータ通信技術は必須であるため、既存の技術の応用や開発事項の共有を目的にコミュニティの拡大を目指している。資料8−1資料8−2

9) 日本海溝海底地震津波観測網(S-net)観測情報の活用 -海底地震計によるナガスクジラの鳴音検出事例-
     防災科学技術研究所地震津波火山ネットワークセンター:中村武史

要旨:日本海溝周辺の海底に設置されたS-net観測点の加速度計および速度計データから、ナガスクジラの鳴音活動によるシグナルが多数検出されている(中村・岩瀬, 2019, 連合大会)。このシグナルは、15–25 Hz付近の狭い周波数帯にピークを持ち、広帯域にわたって振幅を示す地震動やTフェイズと異なる特性を示す。また、シグナルは1秒程度の継続時間を持ち、数10秒程度の一定間隔で繰り返し発生している。このような特徴的なシグナルについて、2018年1月~12月のS-net全150観測点の速度計データに対し、計器特性を補正した上、複数の周波数帯域のフィルター波形の振幅比から検出を試みた。その結果、ナガスクジラの活動に伴うシグナルは、主に釧路・青森沖のS-net観測点で冬季に集中していることが分かった。海溝軸より沿岸側の観測点だけでなく、アウターライズ域に設置された観測点においても、活動に伴うシグナルを検出した。海底に多点展開した観測点データが海洋生物活動の時空間変動解析に役立つことが期待できる。資料9

10) 海底ケーブルは海の情報ステーションになり得る
     国立研究開発法人 水産研究・教育機構 中央水産研究所:赤松友成

要旨:陸上に比べ海中の情報化は極めて遅れている。情報を収集するプラットフォームがないことが、その原因である。携帯電話の基地局のように、海中で情報を送受信する固定局があれば、多くの付加価値を生み出す。海底ケーブルは、電力と通信能力がある安定したプラットフォームである。これに音響をはじめとするセンサ群を装備すれば、これまでに得られなかった海中の情報を時々刻々と蓄積し配信し、漁業のみならず多種の産業に供給できるようになるだろう。たとえば、周辺で鳴いた漁業資源生物や希少種の声を受信し、日に日に変わる生物分布地図を提供する実証実験はすでに終了している。同じシステムは、不審な船舶や密漁漁船の監視など安全保障にも応用できるだろう。観測点から時刻同期した特殊な音波を発し、これを小型録音機で受信すれば、海中での位置計測が可能になる。海底ケーブルは海中にGPSを展開する基礎インフラとしても活用できる。漁業資源動態把握だけでなく、海洋ゴミの挙動や海洋温暖化計測にも資すると考えられる。海表面温度は衛星からわかるが、海中の水温分布を時々刻々配信するのは難しい。発した音波を複数の観測点で受信すれば、音伝搬経路の平均海水温がわかる。逆演算で、水温の三次元構造の把握も理論的には可能である。海の情報ステーションを設ければ、これまでにない高密度の連続観測が多様なパラメータで行えるようになると考える。資料10

パネルディスカッション

11) 海底ケーブル観測をさらに拡げていくには?
     コンビーナ:荒木英一郎(海洋研究開発機構海域地震火山部門)
     パネリスト:横田裕輔(東京大学生産技術研究所)
           和田良太(東京大学大学院新領域創成科学研究科)
           水野勝紀(東京大学大学院新領域創成科学研究科)
           有吉慶介(海洋研究開発機構)
           野田俊太(鉄道総合技術研究所地震解析室)

趣旨:海底ケーブル観測の特性を勉強し、社会、科学のポテンシャルのニーズを前半の講演でいくつか紹介したが、今回取り上げられていない潜在的なニーズ、海底ケーブルがあればできるがなかったらできない「キラーコンテンツ」がまだまだあるはず。パネルディスカッションでは若手の方を中心に、素朴な考えをうかがったうえで、そのような潜在的なニーズを掘り起こすためにはどのようなことをするべきか、また、それを実装までもっていくためにはどのようなことを考えるべきかを、会場の皆さんと一緒に考えていきたい。

00) Closing Address:実行委員長、川口勝義